X6Z

提供: jaopedia
利用者:Osushiから転送)
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XnZの6からたどり着いたアナタ!大丈夫です。アナタは間違っていません。だってほら!うえにXnZがかいてあるでしょ?
おすしとは独断である。フィーバーザナイト。
Osushi(学名:X6Z おすし)とは、強烈な独断を働く、鉄道とVTuberが好きな大栗目である。別名くちすならもに。あと旅行中はとりもち。

X6Zのスキン(緑)


概要

XZ殻にEkusasを4つ衝突させることで生成されたX4ZにさらにEkusasを二つ衝突させることによりX6Zが生成されます。X4Z,X5Zとは異なり、かつては頻繁にその形質を変化させていましたが、X8Zとは異なり魂が入れ替わることはありませんでした。X6Zは頭部からレールを排出し続ける性質を持っているため、jaoサーバ内には彼の鉄道が随所にブチ撒かれていて、これまでに60000を超えるレールと、140000を超える石ブロックを設置されています。X6Zから鉄道を奪うことはX6Zの消滅を意味しているのです。
またX6Zは旅行を好む性質を持ち、旅先の様子を余すことなく記録し、ツイッターに逐次掲載する様子が確認されています。彼は自分の足で行くことを好み、旅行ガイドなどは破り捨てるようです。

真面目に概要

X6Zは、kassi-hp.tk Minecraft Sever時代からjao Minecraft Serverで活動し続けた古参ユーザーです。電車が大好きなので、実用性に著しく欠けた鉄道を作って回ります。これから現れるであろう有力新規のためにちょっと控えめですが。代わりに自分の自治体では大暴れします。

おす史

以下の記述は全て個人の体験をありのままに書いたものであり鯖運営の見解とは異なります。

黎明時代

体験版 ワールド削除との葛藤

2013年春、すしはマインクラフトというゲームを知りました。しかし19ユーロの壁は高く、しばらくは実況者のプレイを観察するという行為に終始していました。そして鉄道が存在することを知り、早くの段階から壮大な鉄道建設構想を描いていました。
すし父のスマホにPEの体験版がインストールされ、つなぎとして利用されて遊ばれました。ツルハシで山にトンネルをぶち抜き鉄道風にするという遊びを繰り返しているだけでした(当時はレールもなかった)。そして何よりの欠点が、体験版は遊んだらワールドを消さなければならないことでした。それが辛く、PEを敬遠するようになっていきます。

PCデモ版 なぜかパソが落ちる

2013年夏にはminecraftアカウントを取得しました。すし一家にはiMacとWindowsがあり(めたくそ贅沢)、Macでもマイクラはできました。ところがすし親が「Mac版はない」「月額2000円」とかいうマジモンの流言をどこからか聞きつけ、すし兄弟はそれを真に受け、Windowsデモ版で遊ぶことになったのです。当時のバージョンは1.5.2。デモ版でチートをONにしてクリエイティブで遊ぶなどしていたところ、異変が起こるようになっていきます。なんとマイクラで遊んでいるとPCが落ちていくのです。そしてただ落ちるのではなく、落ちた後にビープ音を慣らしていくようになっていきました。PCに無理解だったすし一家はそのまま再起動。そしてあるときビープ音のテンポが変化し、再起動では立ち行かず、プラグを抜く禁断の手段を常用し始めます。結局これの原因は4年後に判明しました。コンピュータ本体の配置が不適切だったため、装置の冷却がうまくいかず、強制終了を止むを得ず行なっていたというのです。すし家の所有していたWindowsはもともとすし父が自宅で絵を描くために購入したもので、Minecraftをプレイするまでの数年間は放置していたので、問題が表面化しなかったのです。愚かなり。

PE正式版 線路のない葛藤

上記の経緯からPC版を敬遠したすしは、PE正式版を主においてプレイするようになっていきます。バージョンは0.7.0。当時はスーパーフラットもレールもなかったので、YouTubeで発見した表面に鉄ブロックがたくさんあるシード値を入力。そのワールドでサバイバルをするようになります。人生初のTTを製作。そして2倍バグを悪用してダイヤツールを大量生産。イキってあちこちを整地して回るようになります。
しかし、線路がないというものはさみしいもので、あちこちに線路の準備工事を行うことを繰り返しているなどしていました。そしてバージョンが0.8.0となり、なんとPEに鉄道が実装。前述の二倍バグを悪用して線路を敷いて回りました。ところがバージョンが0.9.0になった時に誤ってワールドを削除。ワールドの生成パターンも変わっていたため、あのワールドを蘇らせることも不可能になりました。かなしい。これ以降PC版と同水準になろうとするPEを嘆き、PEはしなくなっていきました。

XBOX360版 すしの原点

PEを諦めたすし。当時の一家では「月額2000円」をいまだに信用していてPC版は躊躇われていました。そのためMinecraftのためだけにXBOX360を購入。価格は5桁を超え、人生で最も無駄な買い物をしました。XBOXではクリエイティブがあったため、あとは簡単です。鉄道を作りまくりました。拠点に駅を設け、そこから八方向へ鉄道を分散させていくすしの鉄道の原点となったワールドです。このワールドの発展もひとしおになり、新たなワールドを作り、名前を「おすし」としました。
XBOXでのマインクラフトはPC正式版を購入したことにより終了。2017年ごろに再び掘り返され、すし妹がマインクラフトをするのに利用されました。

シングル時代

初代Osushi Railway Games

2013年秋、逆上がりができた見返りとしてマインクラフトを購入してもらったすしは、しばらくの慣らし期間こそあったものの、破竹の勢いで鉄道を建設し始めました。最初はTrainCraftやRailCraftなどの鉄道MODを導入して遊ぼうかとも考えていましたが、購入してからはバニラの鉄道でも満足してしまい、MODは忘れてしまいました。鉄道網を参考にするために多くのサーバを視察し、実際に生活したサーバもありました。あるサーバからはやりすぎてBANされたりしてます。
スポーン付近にセントラル駅を置き、そこから東西南北へ向け鉄道を伸ばして行くという安直な鉄道でしたが、すしはわりと楽しかったです。
大海原の向こう側にある大陸まで大きな橋を架橋し運行を開始したら、のちに陸路でのルートを発見し架橋が無意味なものだとわかったこともありました。
このワールドは2014年春頃にすしも覚えていないわけのわからない理由で削除されました。思えばあの削除から肯市を建設するまでかなりの長い間、すしの鉄道技術は迷走していたかもしれません。

2代目Osushi Railway Games

2014年夏頃から心機一転を図り製作を開始したワールドです。このころのすしは実在の路線網を再現しようとする思想があり、駅名を実在する駅の名前から取ったりと、割と不自由な建築をしていました。このころFC2ブログで建設した鉄道を公開していましたが、すしの手で消されました。あれは黒歴史というものです。あまり精が入らず、放置してしまっています。つまり現存。

このころはfillコマンドで大規模な整地をしたりなどの新技術を身につけ、鉄道建設のしやすさは格段に上がりましたが、低迷期だったのであんまり…。
ちなみにこのワールドを製作している間にもかっしー鯖には出入りしています。86と入れ違いです。

かっしー鯖時代

ローカル私鉄に過ぎなかったおすし鉄道

2015年初頭、Osushi_Brosとして新規ユーザーとなったおすし。しばらくの間はサーバ内を放浪していましたが、天命を受け自治体を作ることになりました。
場所を北部のサバンナに決定し、名前を千葉町と制定。インフラの整備を行い始めます。これがのちにサーバを席巻することになる大手私鉄BLU おすし鉄道の前身となるおすし鉄道です。当時の自治体制度は現行の制度よりリアリティのあるもので、市となるためには建造物が五つ以上・二つの自治体と接続しているなどの条件がありました。なんとか多くの建築をして、新幹線により佐町(のちに佐々市となるEkusas83氏が所有していた自治体)、高速道路によって他の自治体と接続して、条件をクリアして市となる認可をもらい、名称を御栖市としました。

そしてサーバの外縁自治体と連絡する環状線の建設を開始し、多くの自治体におすし鉄道の名前が知られ始めました。
この期間、すしは許可なく多くの鉄道の高架橋を改修したり、路線の高速化を行ったりしています。独断と言われる所以はここです。流石にアレなので、ある時しっかりと許可を取って、当時X4Z氏の所有だった東西新幹線の砂利口・上逆の島間の軌道改修、高速化事業を行いました。これがきっかけで、おすし鉄道は大きく規模を広げることになります。

都市間輸送の本格的な着手・色派閥の争い

2015年秋ごろ、東西新幹線高速化事業の見返りとしてX4Z氏からBLUの所有する東西新幹線砂利口・上逆の島間と虚角環状線、そしてしなカジノ線(反逆特急線)、三谷線の管理を委譲されます。これにより、おすし鉄道は北部のローカル私鉄から北部西部の鉄道を一手に管理する大手私鉄となります。と同時に社名も変え、青を組み込んだBLU おすし鉄道となり、以降はローカル輸送だけはなく、都市間輸送に着手するようになりました。

そして、これまでX4Z氏の自演組織だったBLUとREDの片方が別の人物の手に渡ったため、サーバ内においてBLUとREDの二大巨頭によるサーバ運営陣に依存しない実効支配が始まり、それらを嫌がった自治体による中立組織としてHirotaisou2012氏を代表とするGRNが設立されます。以降、サーバが終了するまでRED、BLU、GRNの三代派閥による冷戦は続き、jaoサーバとなって以降もその名残を随所に散りばめることになります。

REDは鉄道事業の縮小に動いていて、ゆくゆくはRED唯一の鉄道となった砂利本線(砂利口・下逆の島を結んだ全線地下の路線。砂利口で三福鉄道に直通し三福市東部河村駅(PvPマップkawamura City最寄り)まで乗り入れていた)すら手放してBLUにあげることまで決まっていたのですが、その前にサーバがオワオワリ。

悲願の三福乗り入れ

これは上記の色派閥の鉄道利権戦争と同時期に進行していたことです。かつて多くの関東私鉄が東京乗り入れを夢見て新宿、池袋などで妥協したように、おすし鉄道もまた、三福から乗り換えなしで御栖市に移動できることを望んでいました。乗り換えなしの手段としては三福鉄道が建設した南北新幹線がありましたが、途中で大きく遠回りをしながら御栖市までのルートを描くため、すしは不便な気持ちでした。

このころのおすし鉄道にとってキーマンとなっていた鉄道会社があります。_henoheno_氏が運営していたへのもじ線という鉄道です。この路線は御栖市のすぐ東側を南北に縦断するもので、この路線をおすし鉄道のネットワークに取り込めばすしの鉄道網を大きく広げられるという格好の代物でした。しかし千葉町時代の旅客ターミナルの位置の問題でおすし鉄道とへのもじ線は仲が悪く、すしもなかなか頼みづらい状況でもありました。さらに_henoheno_氏が突如市内立入禁止措置をとったり、浮上率の低い別の人物に土地を明け渡したりなどで、話し合いすらままならない状況でした。当時はツイッターを持っていなかったため、すしが連絡できる時が当該ユーザーがマイクラにインしている時だけだったのです。

しかし、あるとき転機が訪れます。三福鉄道がそれまで南北新幹線の支線の位置付けだったしな町・もへじ島間の路線と、三福市としな町を結んでいたしな町線を統合し、さらにもへじ島からたーみなる町まで路線を延伸し、なんとたーみなる町・福島本町間が一本の線路で繋がったのです。たーみなる町とは、御栖市の真東にあった町で、へのもじ線が乗り入れていた町です。もしこの駅に乗り入れれば、御栖市は三福直結の都市となれる。そう思ったすしはよりにもよって許可なくたーみなる町に乗り入れ、三福鉄道線のホームに勝手に乗り入れ、書面上は存在しない直通運転を開始してしまいました。もっとも即管理者に見つかり、軌道は切断され、atwikiの御栖市ページで盛大な叱責を食らうことになりましたよ。

そして知らない内にしな町・たーみなる町間は廃止となり、三福市内でターミナルの移転工事が行われ、さりげなくへのもじ線が新三福本町駅へ乗入れ、おすし鉄道とへのもじ線の確執もある程度落ち着き、2015年が終わろうとしていた時、へのもじ線側からの申し立てでへのもじ線は全線おすし鉄道に譲渡されます。これによりおすし鉄道は形こそ違えど、『三福乗り入れ』を唯一達成した私鉄となったのです。

jao鯖(一期)時代

交通部の暴走・楽園送り・放浪の末の肯シティ

こまかい経緯は他のページにお任せするとして、すしはjaoサーバでサーバ全体の公共交通を整備する交通部というものでした。サーバ全土のインフラを管轄することから分類上は運営となると思います。そうなるとすしが旧鯖ひいてはjao鯖で運営として活動していたのは僅か三ヶ月です。

サーバ内に存在する個性的な自治体の中に統一された没個性的な鉄道が通ることが不評を買い、交通部の立場は徐々に悪くなっていきました(ほんとはもっと真っ当な理由があるのだろうけど、あの辺はリアルの部活で押しつぶされていたせいでよく覚えてない)。そして7月、自治体のルールをきちんと読まないまま当該自治体への鉄道建設を強行し、自治体のルールに違反したとしてすしは南の楽園に投獄される身となってしまいました。(のちに釈放・投獄中はシングルで鉄道MODを使用した鉄道建設をしていました)

これ以降交通部による鉄道建設はストップし以降は縮小、そして道路インフラへの完全移行の流れへと向かっていきました。すしは釈放後も鉄道インフラの重要性を再三主張しましたが、あの暴走を後にして受け入れられる主張など一切なく。結果交通部は管理部に吸収される形で廃部、すしはただの常連となりしばらく失意の放浪を三ヶ月ほど行うことになります。ぼんやりしていたところに、再び天命が下り、すしを処罰した自治体のすぐ西側に肯市の開拓を宣言。以降のすしは基本的に肯市に引きこもってくらしていくことになります。

迷走する鉄道建設・自治体の大規模移転・鉄道の再興

肯市の鉄道は一度も安定したことがありません。すしの都市開発方針の転換次第でなんども形を変えてきました。肯駅と名前のついたことのある駅舎はたぶん15個くらいあります。すしの鉄道ブランドは崩壊の危機を迎えていました。というのも、すしは交通部時代の経験から理不尽な大きさの駅を作ることをあまり良しとせず、小さくても美しい駅を作れることこそが真のつよさであると考えていて、挫折ばかりしていたからです。さらに周囲をとまちー市、黒零町、蛭ヶ丘市に囲まれ、市の発展が複雑な形となり、これ以上の無理な開拓は限界があると確信しました。

当時肯市と特に交流があった自治体があります。サーバ南東部、南の楽園南部に沿うように土地を持っていた小穂名市です。ちょうど小穂名市の東に大きな空き地を見つけたので、交流促進と心機一転のため、すしは肯市の大規模移転を決意。当時は小さい駅を作っては作ってを繰り返しますが、ある時突如天命が下ります。

札幌駅を再現せよ

リアル札幌駅を重厚に再現する。しかしそれには大きな土地利用が伴います。しかし移転後の肯市は土地が広かったこともあり、順調に進みました。しかしすしは札幌駅に行ったことがなかったので曖昧な再現となり、結局未完成となってしまいました。残念。しかし小穂名市の管理人には魅力的に見えたようで、この札幌駅と小穂名市を鉄道でつなげようという話になり、さらには平茸市、オムレツ市も巻き込んだ長距離鉄道プロジェクトがスタートしたのですが、いま肯と小穂名が繋がろうとしていた時、なんだかんだあってワールドがリセットされる事運びとなり、jaoサーバの鉄道、ひいてはすしの鉄道は、低迷期ではなく、一年半に渡る暗黒期を迎えることになるのです。

jao鯖(二期)時代

厳しすぎた規制・jaR.プロジェクト

この頃からjaoサーバの運営陣は荒らし対策にあまりにも過剰な制度を設けて、かえって建築を萎縮する暴虐を行うようになります。保護をかけないとブロックすら置けないようになり、さらに保護はチャンクごとに申請をしなければならず、自治体の境目には必ず16ブロックの空白地帯が生まれ、そこにインフラを作るためにはさらなる申請をしなければならないため、自治体同士の交流はほとんど見られなくなり、jao鯖一期のような網のような道路網もなくなりました。

その中でも往時のような鉄道網を作ろうと、kohonayoshi氏が発起人となりjaR.プロジェクトがスタート。すしが副管理人となり、池倉、桜沢、果実、空来、黒零, 猫空などが参加。いろんなことがありましたが、こんな感じです。2018夏からは受験だったのでここから2019二月までのjao鯖の出来事については全く知りません。

受験明けテンション・上野駅

2019年3月、受験を引っ張りに引っ張ったすしの受験戦争に一度ケリがつき、再びサーバにログインするようになります。半年の空白期間の中、何を作ろうかと漠然に動き、突如天命がおります。「上野駅を作れ。
そうと決まればあとは早いです。春休み全部費やして上野駅を作りました。もっと言えば細かな仕上げにGW直前までかかってましたが。

二期jao鯖についてはこれだけです。

文字数:約7835文字 (約14分、原稿用紙20枚程度)